アーユルヴェーダのヒーリングでお世話になっているハタイクリニックからメルマガきました。

そこにはアーユルヴェーダの養生訓が紹介されいているのですが、今回は飲酒についてでした。
季節的に飲酒の場面が多くなってきますからね〜、

ちょいちょい、ワタシも失敗するわけで・・・(^^;;

・・・ちょっとご紹介させていただきますね。

身体を害さずにお酒を飲む指南があるようで・・・


古典では、お酒のことを「疲れをとりのぞき、 気持ちを落ち着かせ、人を上機嫌にさせるもの」というと同時に「 判断力、忍耐力、記憶力を失わせるもの」「 身体を憔悴させるもの」ともいっています。

適度にたしなめば前者となり、 度を越せば後者になってしまいます。

つまり、 飲む量が問題ということですね。

では「適度」とはどのくらいの量なのでしょう?

ビール1本?ワイングラス1杯まで?

いえいえ、 アーユルヴェーダではそのような画一的な言い方はしません。 なぜならお酒の強さや種類、お酒に対する強さや体力、体質、 季節などで様々に異なってくるからです。

そこで「適量」を知るのに、目安にできるのが「酔いの度合い」 です。

アーユルヴェーダでいうには、三段階に分けられます。

 
第一段階「ほろ酔い」:陽気になり、声色がよくなり、 話がはずみ、歌いだす。感情的にも愛や喜びを感じる。

第二段階「酩酊」:ろれつが回らなくなり、 思考力や判断力が失われ、俗にいう「目がすわっている」 ような状態。感情のコントロールが利かなくなるので、 酒の席での失言が多いのもこの段階。

第三段階「泥酔」:意識や感覚が鈍くなり、 ついには眠りこんでしまう。



まぁ〜、ですね、自分に当てはめて振り返るわけですよ〜

自分は第一段階から一気に第三段階へ行くわけです。
その途中、飲酒すると無性に白飯がウマくなるんですよ〜

ガバガバと白飯に番茶をかけて、おひつを食べ尽くし、ついに眠込み、苦しくて悶えるという・・・・


このような失態を繰り返さないよ〜に、どんなに美味しいお燗をいただいても、厳しく「ストップ」をかけられるようにしてみようと思う今日この頃です・・・( ̄▽ ̄)




古典に戻ります・・・

'S/he sees her/himself as extended in all the world and all the world in her/hisself.'
 
「自分が世界に浸透していて、世界がまた自分の中にある。」 チャラカ サンヒターの身体論5
 
「自分」の体が「独立確固」たる存在ではなく、世界の一部。

自分と環境の境目が曖昧で、 自分と世界の境目はグラデーションでしかないという考え方。 
最近の腸内細菌叢のとらえ方などから感じることがあります。

「人という皮一枚で内と外があるだけで、その内と外に存在しているものは目には見えない小さな微生物たち」
自然の摂理があるだけ。

自身を独立確固たる存在として、それに固執すればするほど、 人は「苦しく」なるなんて言っています。
自分自身というものは在らず、 自然界と常につながっているって考え方。
アインシュタインの言った言葉となんだか、かぶります。
 
『人間とは、私たちが宇宙と呼ぶ全体の一部であり、 時間と空間に限定された一部である。私たちは自分自身を、 思考を、そして感情を、他と切り離されたものとして体験する。
意識についてのある種
の錯覚である。

この錯覚は一種の牢獄で、 個人的な欲望や最も近くにいる人々の愛情に私たちを縛りつけるの だ。
私たちの務めは、この牢獄から自らを開放することだ。

それには、 共感の輪を、 全ての生き物と自然全体の美しさに広げなければならない。 実質的に新しい思考の形を身につけなければ、人類は生き延
びることが出来ないだろう。』


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ハーブたちと日常的に関わることになった元年の今年、
豊かさを感じているのは錯覚ではないような気がしてきます。

感謝しています。


そうそう、星が綺麗な夜空の時に、嬉しくなって両手を広げ、話しかけることをしちゃいます。
そんな時、星空はよ〜く耳を傾けてくれています(笑)



 
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